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NEWS| 2019/04/19 

結成10周年オフィシャルインタビュー掲載しました!

第一章 2009~2012.6 原型


――最初の2作「わたし開花したわ」「ONOMIMONO」には「トロイメライ」「最終電車」「チャイナタウン」など、初期のパスピエを代表する楽曲も収録されていて。

ライブでもアンセムみたいになっていたし、この時点でバンドの基本のスタイルは出来ていたのでは?


成田:そうかもしれないですね。


三澤:無我夢中でしたけどね、最初の頃は。大きいスタジオでちゃんとレコーディングしたのも初めてだったし。CDを出して反応が返ってくるという経験も、それまでにはなかったので。


成田:ライブも試行錯誤してましたね。メンバーの立ち位置も今と違っていて、大胡田がステージの端っこにいたり。


大胡田:どうにか気を引こうと工夫してましたね(笑)。もちろん「まずは観てもらいたい」という気持ちはあったんで。


露崎:音源を出した後は、ライブの表現をどうするか?ということを考えてましたからね。曲によっても違うんだけど、再現を目指すのか、それとも別物として捉えるのか。


――ちなみにアーティスト写真などで“顔を出さない”という方針は、どうして決まったんですか?


成田:最初のアー写がイラストだったんですよね。


大胡田:急にアー写が必要になったんだけど、撮影の時間が取れなかったから、私がイラストを描いて。それがしばらく続いたんですよ。


成田:そのうちに“正体不明のバンド”と言われるようになったから、それを逆手に取って「匿名性を活かして活動するのもおもしろいかもね」と。ライブは普通に顔を出してやってたんですけどね。